
「私たちはここにいます」― ガザのマッスーシーから皆さまへ
2026年8月30日
昨晩開催された公開学習会「パレスチナを自分ごととして受けとめるために」に寄せて、ガザのマッスーシーから、日本の皆さまへの感謝と、自分がなぜ絵を描き続けているのかを綴ったメッセージが届きました。彼が絵に託した思いとともに、その言葉を皆さまにお届けします。

神の平安と慈悲、祝福が皆さまの上にありますように
なぜ絵を描くのか?
私はガザ地区に暮らす、ごく普通の若者です。
私はプロのアーティストではありませんでした。また、自分の周りで起きていることを伝える手段として、いつか自分の絵を使うことになるとは考えてもいませんでした。
この戦争の中で、私は、ただ自分の死を待っているだけだと感じるところまで追い詰められました。
私たちは、一日一日を生きていました。
これから数時間のうちに何が起こるのかもわからず、次の日に目を覚ますことができるのかさえ、わかりませんでした。
その後、私の人生を変える出来事がありました……
私は愛する女性と結ばれ、彼女と結婚しました。そして数日前、彼女との間に美しい子どもを授かりました。
それから、私は絵を描き始めました。
穏やかな生活を送っていたから、絵を描き始めたのではありません。
自分の内にあるものを引き出し、言葉では言い表せないかもしれない何かを伝えたいと思ったからです。
私が絵の中のシンボルとして猫を選んだのは、私が猫を愛しているからです。
そして、猫をとても愛している人がもう一人います。それは私の母です。
私は猫たちをパレスチナ国旗の色で描きました。
この猫たちに、私たちのことを語ってほしいと思ったからです。
私たちの子どもたちのこと、家族のこと、恐怖のこと、ガザ地区に暮らす人々のこと。
すっかり変わってしまった私たちの生活の細部や、かつては当たり前だと思っていたのに、今では私たちの夢になってしまった、ささやかなことについて語ってほしかったのです。
私は、一枚一枚の絵の中に、私たちの生活の一部を描こうとしています。
恐怖、避難、テント、破壊された家々。
食料や水を待つ人々。
まだその時ではないのに、あまりにも早く大人になってしまった子どもたち。
そして、すべてにもかかわらず、私たちが笑い、生きようとする小さな瞬間です。
私は、人々に破壊だけを見せるために戦争を描いているのではありません。
私は、こう伝えるために描いています。
私たちはここにいます。
私たちは今も生きています。
私たちは今も感じています。
そして、私たちには今も夢があります。
私の絵は、シンプルかもしれません。
その線も、完璧ではないかもしれません。
けれど、その一本一本の線に、この戦争の中で私が生きたこと、見たこと、感じたことが込められています。
今、私たちが生きている、この虐殺の中で感じたことが込められています。
かつて私は、死を待っていました。
しかし今、私はペンを握り、私たちの生活の痕跡を残そうとしています。
私たちがどのように生きていたのか、そして、この戦争の中で今この瞬間まで、どのように生きているのかを、世界中の人々に知ってもらうためです。
おそらく私には、この戦争を止めることはできません。
自分の周りで起きていることを変えることもできません。
けれど、私なりの方法で、私たちの物語を伝えることはできます。
これは、ただの猫の絵ではありません。
これは、ガザからの物語です。
私たち自身の物語です。
この猫たちは、子どもたちであり、女性たちであり、高齢者たちです。
戦争の中で罪もなく不当に命を奪われた人々です。
いつか、戦争を描く必要のない日が来ることを願っています。
その日には、戦争ではなく、暮らしを、家々を、学校を、海を、そして恐れることなく遊ぶ子どもたちを描きたいです。
私は、パレスチナに平和が訪れることを、ガザに安全がもたらされることを、そして子ども時代を奪われたすべての子どもたちに命がもたらされることを願っています。
最後に、ガザ地区の私たちの子どもたち、そしてハヤートナの子どもたちに寄り添い、支えてくださっている日本の皆さまに感謝します。
私たちはこれからも絵を描き続けます。
ガザ地区で起きていることについて考え、そこから題材を見つけ、絵にしていきます。
そして、皆さまから寄せられた信頼に応えられるよう努めます。
これからも私たちの子どもたちに寄り添い、支え続けていきます。
また、ハヤートナにも感謝します。
そして改めて、日本の皆さまに心から感謝します。
神の平安と慈悲、祝福が皆さまの上にありますように。