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色と線のあいだにある沈黙― おやつクラブ「お絵描き教室」の時間

  • Maryam
  • 2025年12月21日
  • 読了時間: 4分

12月15日の「おやつクラブ」@マワシは、「お絵描き教室」でした。「お絵描き教室」は、ハヤートナの活動開始当初から続けてきた大切な時間です。


攻撃再開前はもっと色鮮やかな画材もありましたが、現在使えるのは紙と色鉛筆だけ。机もなく、子どもたちはテントの床に紙を置き、自分で選んだ好きな色で、思い思いのものを描いていきます。


ときには、アイディアに詰まった子が、ほかのお友だちの絵を見て、実に見事に模写することもあります。それもまた、一つの表現です。


白い紙を、自分の色と線で少しずつ埋めていく――子どもたちにとって、この時間は、自分の気持ちを外に出せる大切な時間です。


言葉にできない不安や緊張。誰にも見せずに抱えてきた怖さや戸惑い。それらは、ときに言葉よりも先に、色や線となって表れてきます。


描くものに正解はありません。家、花、動物、模様、あるいはアニメのキャラクター。ムハンマド先生やスタッフは、評価も指示もせず、ただ「描いていいよ」「ここにいていいよ」という空気を大切にしているそうです。


お絵描き教室は、上手に描くための時間ではなく、心が少し緩み、安心して呼吸できるための時間です。


「おやつクラブ」で笑顔を見せている子どもたちも、夜には悪夢にうなされ、突然泣き出すことがあります。だからこそ、こうした静かな表現の場を、私たちは途切れさせずに続けてきました。


色を選び、線を引き、「ここに自分がいる」ことを確かめる。表現とは、それだけで十分なのだと思います。


「描かれないもの」にも、意味がある

ところで、ヤスミンと何度か話題に上がるのが、ハヤートナの寺子屋やおやつクラブに通う子どもたちの作品には、いわゆる「悲惨な光景」がほとんど描かれていない、という点です。 


花や太陽、動物たち。色づかいも含め、明るい作品が大半を占めています。日本で開催される「パレスチナの子どもたちの絵画展」では、破壊された街や兵器が描かれた作品を目にすることも少なくありません。


私の記憶では、これまでに兵器らしきものが描かれていたのは、少し年齢が上の子どもによると思われる作品が、たった一枚あっただけでした。


だからといって、子どもたちが傷ついていない、ということではありません。むしろ、この約2年間の攻撃は、それ以前から続いてきた状況とは比べものにならないほど苛烈で、「思い出したくない」「触れたくない」体験として、心の奥に沈められているのだと思います。

心理学や表現研究の分野では、強いトラウマ体験をした子どもほど、それを直接的なイメージとして描かない傾向があることが知られています。


長期間にわたる恐怖体験や、生命の危機を伴う出来事は、言語化だけでなく、視覚的に再現すること自体が困難になる場合があります。そのため子どもは無意識のうちに、「思い出さなくてすむ対象」「安全だと感じられるモチーフ」を選び、絵の中に心の距離を保とうとします。


花や太陽、動物、装飾的な模様といったモチーフは、単なる「明るさ」や「希望」の表現というよりも、心を守るための選択であることが少なくありません。 また、発達心理学の観点から見ると、子どもが安心できる環境に身を置いたとき、まず現れるのは「創造性」や「遊び」の回復であり、トラウマ体験の直接的な再現は、そのずっと後になる場合が多いとされています。


ハヤートナの寺子屋やおやつクラブで見られる、穏やかで明るい色づかいの作品群は、子どもたちが「ここは安全な場所だ」と感じ、自分の心を閉じずにいられていることの、ひとつの指標とも言えるでしょう。 


描かれていないからこそ、そこには語られない体験があり、沈黙として抱えられた記憶があります。


私たち大人に求められているのは、その沈黙を無理に言葉や絵にさせることではなく、描かなくてもいい、語らなくてもいい時間と場所を、そっと守り続けることなのだと思います。


抗がん剤治療中のヤスミンも、体力の続く限りブログを更新しています。熊本の支援者の方からの温かいメッセージと、ガザからのお礼の絵もご覧いただけます。ガザでは貴重な画材、サインペンも使って描きましたよ~。


12月15日のお絵描教室 この寒さで裸足なのが心配。。。
お絵描きの後は、お待ちかねのおやつ! お腹も、わずかだけど満たせます
お絵描きの後は、お待ちかねのおやつ! お腹も、わずかだけど満たせます

子ども達の越冬支援 ハヤートナ「くつした募金」よろしくお願いします。

500円で靴下1足とビスケット1枚相当になります。

 
 
 

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